日本老年医学会は203年5月24日、日本糖尿病学会と共同で作成した「高齢者糖尿病診療ガイドライン(GL)2023」の全文(全264頁)を公式サイトにてPDFファイルで公開(書籍でも販売)。
運動療法に関しては24頁に渡り取り上げている。具体的な運動療法に関しては、ほとんどが高齢者糖尿病だけでなく、すべての方の健康づくり身体活動、運動に共通する内容。有酸素運動、レジスタンス運動、バランス運動、ストレッチング、マルチコンポーネント運動*、座位行動、日常生活行動によるエネルギー消費(NEAT:non‑exercise activity thermogenesis)などについて具体的かつ詳細に記しており、健康づくり身体活動等に携わる者としては理解しておきたい。
* マルチコンポーネントの身体活動 (「WHO身体活動および座位行動に関するガイドライン日本語版」医薬基盤・健康・栄養研究所 より引用)
高齢者の場合、マルチコンポーネントの身体活動は、身体機能を向上させ、転倒または転倒から生じる負傷のリスクを低下させるために重要である。これらの活動は、自宅でも、または構造化された集団の場でもできる。研究対象の多くの介入は、全種類の運動(有酸素性、筋力向上、バランストレーニング)を一回に併合すると効果的であることが示された。マルチコンポーネントの身体活動プログラムの例として、ウォーキング(有酸素性の活動)、重量挙げ(筋力向上)、およびその他のバランストレーニングを組み込むことができる。バランストレーニングの例は、上体の筋力向上活動(例:二頭筋カール)をしている間に後ろ向きや横向きで歩いたり、1フィート分高いところに立ったりすることも含まれる。ダンスは、有酸素性の要素とバランスの要素が併用されたものである。
以下運動療法に関して(一部抜粋、加筆)
1 運動療法の実際
Q Ⅷ-1 高齢者糖尿病において運動療法はどのように行うか?
【ポイント】
・ 高齢者糖尿病の運動療法には有酸素運動、レジスタンス運動、バランス運動、ストレッチングおよびこれらを組み合わせたマルチコンポーネント運動がある。年齢、合併症、併存疾患、生活スタイルに合わせて処方する。
・ 高齢者糖尿病は糖尿病のない高齢者に比べて筋量の減少が生じやすいためレジスタンス運動は有効な運動様式と考えられる。
・ バランス運動は他の運動と組み合わせることで生活機能の維持・向上や転倒予防に有用である。
■ 有酸素運動
有酸素運動は酸素の供給に見合った強度の運動で、歩行、ジョギング、サイクリング、水泳などが該当する。運動強度は高齢者糖尿病の場合、中等度の強度が一般に勧められる。中等度の運動とは、最大酸素摂取量50%前後のものを指し、運動時の心拍数によってその程度を判定する。心拍数で設定する場合、運動強度が50%の場合、目標心拍数は「 安静時心拍数+0.5×(最大心拍数-安静時心拍数)」 で算出される。患者自身の「楽である」 または「ややきつい」 といった体感を目安とする。回数は3~7回/週で2日以上運動しない日が続かないようにする。
■ レジスタンス運動
レジスタンス運動は、おもりや抵抗負荷に対して動作を行う運動で、高齢者糖尿病では主に下肢筋力増強に有用である。具体的にはスクワット、踵上げ、つま先上げなどがある。立位困難な場合は座位で膝伸ばしや足踏み運動といった低負荷の運動がある。高齢者糖尿病は糖尿病のない高齢者に比べて筋量の減少が生じやすいため、レジスタンス運動は有効な運動様式である。方法として少なくとも連続しない2~3日/週、8~10種類の運動を行い、負荷は10~15回程度行える反復運動を1~3セットで行うことを目標にする。
■ バランス運動
バランス運動は静止姿勢もしくは動作中の姿勢を任意の状態に保つ能力や不安定な姿勢から速やかに回復させる能力を向上させる。具体的には片足立位保持、ステップ練習、体幹バランス運動などがある。バランス運動は他の運動と組み合わせることで生活機能の維持・向上や転倒予防に有用である。回数は2~3回/週以上とする。
■ ストレッチング
ストレッチングは、筋・腱を一定時間伸張させる手技である。加齢により柔軟性は低下する。健常人においてストレッチングは柔軟性を上げ、運動時の事故予防に有用であるという報告もある。ストレッチングは「楽である」、「やや苦痛を感じる」 程度で行う。静的あるいは動的ストレッチングを10~30秒、2~4回繰り返す。回数は2~3回/週以上とする。
■ その他のタイプの運動や身体活動
成人の2型糖尿病を対象としたシステマティックレビューでは、有酸素運動、レジスタンス運動単独より、両方を組み合わせた運動のほうが、HbA1cが低下することが報告されている。複合的な運動であるヨガ、ピラティス、気功、太極拳、全身振動刺激は、高齢者においても血糖コントロール、バランス能力の改善に効果的である。加齢とともに活動量が低下し座位時間が長くなる。座位30分ごとに軽い歩行、軽度のレジスタンス運動を加えると、食後血糖値、インスリン値、中性脂肪値の上昇曲線下面積(iAUC:The incremental Area Under the. Curve)が低下する。洗濯、掃除、料理、買い物、犬の散歩、子供の世話などの日常生活行動によるエネルギー消費(NEAT:non‑exercise activity thermogenesis) を増やすことも重要である。
2 運動療法の有効性
Q Ⅷ-2 高齢者糖尿病において運動療法は血糖コントロール、脂質異常、高血圧、体組成、身体機能、生命予後の改善に有効か?
【ステートメント】
・ 高齢者糖尿病においても運動療法は血糖コントロール、脂質異常、高血圧の改善に有効である。 【推奨グレードA】(合意率96%)
・ 運動療法は下肢筋力を増強させる。レジスタンス運動は筋力を増強させ筋肉の質が改善し、有酸素運動はBMIを低下させ脂肪量を減らす。【推奨グレードA】(合意率100%)
・ 運動療法はバランス能力などの転倒関連の身体機能改善に有効で、レジスタンス運動やバランス運動およびそれらを組み合わせたマルチコンポーネント運動も有効である。【推奨グレードA】(合意率100%)
・ 生命予後の改善を直接示したエビデンスはないが、観察研究から身体活動を含む運動量が上がると死亡率が低下することが示されている。 【推奨グレードB】(合意率100%)
Q Ⅷ-3 高齢者糖尿病において運動療法は認知機能、ADL、うつやQOLの改善に有効か?
【ステートメント】
・ 有酸素運動、レジスタンス運動、あるいは両者を組み合わせた運動療法により認知機能は改善する。 【推奨グレードA】(合意率100%)
・ 運動療法によりADL、うつやQOLの改善効果が報告されている。【推奨グレードB】(合意率100%)
Q Ⅷ-4 高齢者糖尿病において運動療法と食事療法や社会活動などの多因子の組み合わせによる介入は有効か?
【ステートメント】
・ フレイル・プレフレイルを有する高齢者糖尿病における栄養状態を適正に保つ食事療法とレジスタンス運動は身体機能を改善する。 【推奨グレードB】(合意率100%)
・ 減量を目的とした食事療法と運動療法の介入では、身体機能、うつ、QOL、尿失禁、フレイル、健康寿命は改善したが,認知機能には有意な変化を認めなかった。体重減少に伴い骨密度が低下し脆弱性骨折が増加した。【推奨グレードU】(合意率92%)
3 運動療法の注意点
Q Ⅷ-5 高齢者糖尿病において運動療法を開始する前にどのような医学的評価( メディカルチェック)が必要か?
【ポイント】
・ 運動療法を開始する前に網膜症、腎症、神経障害などの合併症、糖尿病以外の併存疾患、運動器の異常の評価が必要である。
・ 運動前に転倒歴、バランス能力や身体機能を評価し転倒リスク評価を行う。
・ 低血糖が危惧される薬剤を使用している患者においては、運動療法中の低血糖に注意する。
「高齢者糖尿病診療ガイドライン2023」(日本老年医学会)
https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/publications/other/diabetes_treatment_guideline.html